今、輝いていますか?

2014.08.16

003.jpg

仕事を通して自己成長を

ビジネスパーソンが、職場でイキイキと働きがいを感じながら過ごせる時

代です。あなたが気づく感性を活かしながら、仕事を通して自己成長でき

るチャンスの時代と言えるでしょう。しかし、そこには、ビジネスパーソ

ンがクリアーしなければならない、さまざまな課題もあります。組織人と

しての役割意識を持って、仕事にチャレンジしていけるかが問題です。職

場で信頼され、「この仕事を担当してほしい」と支持してもらえる仕事の

仕方が求められます。それにはまず、人間的な魅力がキーポイントです。

 

「コラボレーション」協働できるセンスが必要です。組織はチームプレ

イですから、自分の役割をしっかり認識でき、責任を果たせる人材であ

るということです。

 

  責任を果たせるということは、自分なりの判断基準という物差しがある

ということです。自分の仕事観や人生観が大事になってきます。なぜな

ら、ルールという守るべきものが自分の中にあるということです。自分の

ルールが守れるから、職場のルールを守ることができます。

 

 自分との約束事です。人は人と約束をして、それを果たしますが、自分

との約束に責任を果たすべく努力している人はどれだけいらっしゃるでし

ょうか。これが果たせると大きな自信につながります。自分を信じられる

ようになります。そして、人からも信じてもらえます。

 

  自分の心の物差しが、日々成長していることが、生きることの素晴らし

さを実感でき、日々進化している自分に出会えることの幸せを感謝できるの

だと思います。

 

成果=情熱×考え方×能力 (稲盛さんの人生訓です)どれだけ情熱を燃やせて取り

組めるかという私の仕事観、美点凝視(自分の良さに気づき、相手の良さと出会う)

私の人間観の根底に流れる考え方です。

 

皆さま!イキイキと輝いていますか?

 

 

 

横綱玉の海関の形見の帯

2014.08.13

814dsc_1402.jpg


 

私は、横綱玉の海関が亡くなる前日に、虎の門病院で横綱玉の海関とお目にかかっています。虎の門病院に入院されていた横綱にお花をお届けしたい一心でした。横綱を慕う気持ちが膨れ上がり、会いたい一心が、京都から新幹線で東京にという行動に移していました。会えるとは夢にも思わなかったのです。

 

横綱とのご縁は、「大空の花」です。「全勝の花」を目指されていたことに私が共感した花です。速達で日本航空の最終の面接試験に応援葉書を届けてくださったのです。『横綱の努力と根性で試験を突破したいので、当日横綱のメッセージを胸に受験したい』という趣旨のお願いをしました。それに誠実に応えてくださった最高の応援プレゼントでした。その葉書は私のお守りです。「貴女なら難関を突破されると信じています」と書かれています。

 

虎の門病院の受付で、入院されている横綱にお花を届けしてほしい旨の話をしている横を付き人の関取が声を掛けてくださり、「横綱に取り次ぎましょうか?」と言ってくださいました。あの瞬間から、私の人生に影響する凄い風が吹くのです。

 

「横綱が会うと言っています」とその付き人の関取に404号室に案内されました。ドアを開けると、「あっ」とおっしゃり、『やっぱり』と確認されたような気がしました。付き人の関取はだれが来たと取り次がれたのでしょうか。お約束もしてないのに、会うとおっしゃったのは、私だと気づかれていたのだと確信しています。

 

私は、亡くなる年の名古屋場所の宿舎で一度お目にかかっています。応援して下さつたのに、不合格で会うこともできないと遠くからお葉書で応援してくださった横綱玉の海関のお姿を拝見したかったのです。「京都の人でしょう?」とタオルを頭から被った横綱がいきなり声を掛けてくださり、お寺に案内してくださり、二人で写真を撮り・・・驚きと、合格していない不甲斐なさから直ぐに失礼してしまいました。

 

「東京に何か用事でもあったの?」と横綱のベッドに近づくと開口一番おっしゃいました。『僕のためだけに来たのではないでしょうね』と私の心に伝わりました。「はい」と動揺しながら答えました。そして、ベッドの枕元に座りました。

 

「もう航空会社の試験に受からなくてもいいんじゃない?」とおっしゃいました。私は生涯この意味を考えています。横綱がおっしゃった理由は「飛行機は落ちるからね」でした。私は「いえ、もう一度チャレンジして、絶対に合格して御礼を告げに来ます」と言いました。

 

「悪かったね~送ろうと思っていた」と小声で言ってくださいました。私は、土俵の砂被りで横綱の雄姿を見たいとお願いしていました。でも、その願いは叶いませんでした。『やっぱりな・・・』恋をしている乙女心には辛い現実でした。それなのに、「万全の姿を見てほしいから・・・」虎の門病院のベッドで言われたので、申し訳なさで「とんでもないお願いをしてしまいました。ごめんなさい」とお詫びを言いました。

 

謝りながら、「悪かったね~送ろうと思っていた」私に『希望』が見えたのです。私の心に『信念』が刻まれました。あんな幸せを感じる言葉を言われたことは、最初で最後、私の人生にはありません。「愛」「夢」「希望」を見た瞬間でした。その横綱玉の海関は次の日に亡くなるのです。

 

私の手元に横綱玉の海関の愛用の帯があります。亡くなって私は航空会社の客室乗務員という夢を叶えました。その合格通知を持って横綱玉の海関のお墓参りに横綱玉の海関の恩師と一緒に行った際、恩師の河原校長先生が横綱玉の海関の実家に連れてくださり、お母様と会いました。その時、お母様から頂いた帯です。

 

今年、その帯を女性が締められる帯にしてもらい、浴衣も新調して横綱玉の海関の帯を締めました。下賀茂神社には、ふたりの桂の木が成長しています。愛染桂です。

 

昨日のNHKの朝の連続ドラマ「花子とアン」の場面で心に沁みる言葉が耳に入り、今日も涙が止まりません。「もうお時間がないので、抱いてあげてください」花子が疫痢であっという間に愛する息子を失う間際のお医者様の台詞です。

 

永遠の愛を悟るまでに長い時間が流れます。

ちりりん(知理凛)となる鈴を心に・・・

2014.03.20

20140320-00299.jpg

皆さま、ご無沙汰してしまいました。有難いことに担当している仕事が多く、優先順位が仕事第一ですので、皆さまにご迷惑をおかけしました。お許しくださいませ。

 

長い講師人生を歩いていますが、応募したり、登録してそこから仕事を頂くなど、自分の方からゲット(取りに行った)仕事はありません。

 

今回も、池坊短期大学の講師を務めるにあたって、仲よくしている講師仲間の先生が、(5年位お会いしていないのでが・・・)講師をさがしていらした大学の先生に「はい!ぴ ったりの講師がいらっしゃいます!生徒さんを上手にエンロール、巻き込んで楽しく授業をされます!!」とご紹介くださいました。嬉しくて、有難くて、感動しました。

 

平安女学院の中学と高等学校の仕事は、初めてのインターネットからのオファーでした。学校の素敵な女性の先生から、「出講は可能でしょうか」とご連絡を受けました。

 

PHP研究所の仕事は、自営の染屋をしていた父が還暦を過ぎて、「人様の飯を食いたい」と応募したPHP研究所の管理人の仕事がきっかけです。管理人の仕事をする中で、父が PHPを尊敬好きになり、松下幸之助さんを好きになり、「娘をここに入れたい!」「PHP講師にしたい!」という思いから、まず、自分に注目してもらえるように努力しました。 必要以上にマナーを実践して「どこでマナーを学びましたか?」という質問を待ち焦がれました。その質問は直ぐに来ました。「はい、私の娘です」当時のPHPの部長様が「お嬢 様に一度会いたいです。一度来てもらってください」父が夢を叶えた瞬間でした。そして、私はPHPの講師を続けています。

 

初めての講師の仕事はベービーです。同志社女子高等学校の親友が、CAを養成する専門学校の契約をしたのに子供が出来て、私に代わりをしてほしいということでピンチヒッ ターでの仕事でした。

 

講師の仕事をしている元CAの養成学校の生徒さんが「先生!今日担当する予定の研修があるのですが、お腹に子供がいて、急に具合が悪くなり、子供を守るために私の代わり に担当してくださいませんか?」という依頼を受けて「いいよ!安心して!」とその日の研修を担当し、その窓口の組織と縁がつながり今も続いています。

 

私の営業は「いい仕事」「喜んでもらう仕事」ですが、「ネットワーク」、「人脈」で支えられています。先週もNHKで取材を受け、そのニュースが話題になり、現在ブレーク中の サポートセンターの所長も全日空の大先輩にご紹介いただき、その大学の指導をさせていただいています。その先輩は、看護学校にも大阪の女子短期大学にも縁を繋いでください ました。私のPHPの研修など、信頼して担当してもらっています。その憧れの先輩とPHP研究所の元講師の方と三人で新たなプロジェクトチームをつくり、で東京進出も視野に入 れてミーティングを行っています。新たな出会いを求めて・・・

 

担当している学校からの仕事で大覚寺の華道専門学校に講師になり、友だちのピンチヒッターで美容学校の講師になり、元生徒さんのピンチヒッターで大和学園の講師になり、 PHPの講師仲間から同志社女子、龍谷大学・関西外語大学・立命館大学の仕事をさせていただき、その縁で近畿大学・大阪学院大学・京都学園大学の仕事につながり、CAの元生 徒さんのアシストでNHKのテレビに出演し、治療を受けていた鍼の先生から紹介されて医療の専門学校の鍼灸科の講師になり、その担当の先生のお陰で介護福祉科の講師になり、 担当してくださっていた課長さんが京都府のエキスパートの登録をしてくださり・・・・書ききれない縁をいただいています。著書も持ち、ビデオも出す有難い経験を積んでいま す。

 

今年で15年以上続けている徳島の銀行様のお得意先の新入社員研修は、歴代の経営相談所の所長様が私に期待してくださり、現在に至っています。毎年約400名として(今年は 450名です)15年間、6000名の徳島市のビジネスパーソンに出会ったことになります。最初の頃の新入社員は、もう部長、課長などリーダーになっていらっしゃるでしょうね。今 年も424日から、2日間コースを3回担当します。

 

「あなたに任せてよかった!」「あなたに会えてよかった・・・」この感動が希望を呼び、奇跡につながっています。

 

母が同志社に行きたかった夢を娘に託し、同志社大学中のある日、祖母が「そんなに会いたいんやったら新幹線代を出してあげるから東京に行ってきたら・・・あんたの叔父さ んが今東京に出張でいやはるかもしれんから電話してあげるわ」そして「よかった!おじさんが明日東京駅で待っているから連れたげるて・・・よかったな~会えるとええな」そ の当日1010日取り次いでくれた付き人力士が「横綱が会うと言われています」と案内してくださり、尊敬する大好きな横綱に会えたのですが、翌日他界され、この出会いが私 のスチュワーデスになる「愛」と「奇跡」を生みました。会えなくても本望!命がけで飛び込んだ経験が、苦しくても、悲しくても、いつか最高の思い出になることを心に刻みま した。

 

蕾のままに・・・花は咲いていません。咲く可能性を信じて生きることが永遠だということに気づき、学び、力強く生きています。

 

知・・・知恵は人間的な魅力です。

理・・・理性・知性です。

凛・・・自分らしい生き方です。

「ちりりんと鳴る鈴を心に」この鈴の音で、また新たな人間関係の輪が広がることを信じて、今日よりも明日の自分を信じ、期待できる私でありたいと情熱を燃やしています。

 

これからも、この人間関係の「愛」と「希望」と「勇気」を皆さまにお届けします!ご期待ください。

 

追記 今回、何度も何度も履歴書の書き直しをしました。その都度、私の人生を見つめ、振り返れたような気がします。有難い時間を過ごしました。それで、今回のメッセージに なりました。

聖なる知恵の言葉

2014.01.04

2c2_91494977.jpg


 

 多くの人のコミュニケーションは「怒り」によって他者を動かすことからスタートしており、その「怒り」は、「認めてほしい」という「愛情欲求」だとお話ししました。いつもイライラ「怒り」のある人は、「認めてほしい」と叫び続けている人です。しかも、大切な相手であればあるほど、「怒り」が爆発するという現実があります。

 

「愛の反対は無関心」愛の反対を「憎悪」、「憎しみ」と答える人が多いですが、違います。「憎む」にも愛が必要です。その人の存在そのものが消えた時、「怒り」が消えます。愛も消えます。

 

「愛情欲求」は、生きていくうえで欠かせないものです。しかし、「怒り」と表裏一体、心をかき乱す要因があるということです。「認めてほしい」と望むと同時に、いつも「怒り」の火種を持っています。「愛情欲求」は、「怒り」に火をつけるのを待っているようなものです。

 

不思議なことに、自分の心が愛で満たされていると「怒り」は消え、心は乱れにくくなります。人間関係で苦しむことも少なくなります。「許せる」心の余裕が「怒り」を消してくれます。「怒り」は、相手をコントロールすることで解決するのではなく、(相手を攻撃して、相手を自分の言いなりにして解決してもらうのではなく)相手を「許す」愛があるかないかなのです。

 

相手を許せる大きな愛は、まず、自分を大事にする「愛」が必要です。

 

「聖なる知恵の言葉」をご紹介しましょう。

【 】の中に、文章に合う、自分の好きな言葉を自由に入れてみても楽しいですよ。

 

1.人生は私たち一人ひとりが、それぞれの目を通して見ている【映画】です。

そこに何が起こっているかは大した違いはありません。それをどのように

【受け取るか】が重要なのです。

 

2.心の平和は、【許し】を実行できた時にだけ得られます。

それは、過去を手離すことであり、過去の誤解を解きほどく方法なのです。

 

3.幸せが訪れても、悲しみに出会っても、心を開いて、それらを【味わいなさい】

 

4.昨日は、今日のほんの【思い出】そして、明日は今日の【夢】

 

5.高尚な【目的】を持たぬ魂は、舵のない船のようなものです。

 

6.運命は、こころざし有るものを導き、こころざし無きものを【ひきずってゆく】

 

7.私は他人に何の【期待】もしません。

ですから、人の行動が私の願いに反することはありません。

 

8.感情を傷つけられた時も、他人の感情を傷つけた時も、

  あなたは自分自身も人も【苦しめています】

 

9.自分の外の力に頼れば頼るほど、

あなたはその力にますます【支配】されてしまいます。

 

10.人生は大胆な冒険か、【無】か、そのどちらかだ。(ヘレンケラー)

 

11.試練は【学びのチャンス】にすぎません。あなたが学び損なったことを

  学びなおすためのものです。

  だから、以前は間違った選択をしたけれど、今度はもっと良い選択ができます。

  そうすれば、前の選択がもたらした苦しみのすべては、【消えるでしょう。】

 

12.愛とは【怖れ】を手放すことです。 

ディビットジャンセンの言葉です。「自分に自身を尊敬している人は、失敗を克服したために、自分自身を尊敬できるようになったのです。 彼らは、自分の試練を与えられ、問題を克服し、成長したのだ」

 

私はこれを「進化」と呼びます。「進化」続ける人生を実感することが最大の歓びです。

コミュニケーションの最初の間違い

2014.01.03

20140102-00288.jpg「おぎゃ~」赤ちゃんは、不快で泣きます。「早くミルクをちょうだい!」という「怒り」です。この「おぎゃ~」に出会うと「ごめんね」と思わず言ってしまいます。そしてミルクをやると赤ちゃんの不快は解消されます。このパターンのコミュニケーションが3歳ぐらいまで徹底して繰り返されます。「早く、おしめを替えて!」と怒り、すると「ごめんね」とおしめを替えてもらえる。

 

 私たちは、人生の最初に、怒ることにより、自分の不快を除去することを学びます。「怒ることで他人を自分の想い通りに動かす」これは、社会人として問題がありますが、小さい頃に繰り返されたコミュニケーションなのです。

 

 この赤ちゃんの「怒り」については、もう一つ問題があります。「自分にとって、もっとも大切な相手に対して、怒りをぶつけ、除去してもらう」ことを小さな頃からし続けているということです。これは激しい怒りの感情を、自分のことを大切にしてくれている家族や恋人に向けやすいという傾向があるということです。

 

 人間関係が一番難しいのは、以上のような「心の生い立ち」が影響していると考えると、上手くいかないコミュニケーションの問題が明確になり、努力する課題が見えてくるように思います。

 

 「怒り」は、「欲求」なのですから、私たちは、「愛情欲求」(怒り)にとらわれやすいということが理解すると人間関係のヒントになるのではないでしょうか。

 

 「認めて欲しい!」「分かって欲しい!」(愛情欲求、承認欲求)は、「怒り」が根底に流れているということです。そして、怒りをぶつけて、愛を受け取ってきた大人になるまでの歴史を考えると、人間関係で心が乱れても刻まれている問題に気づく「仕方がないかな」と自分を許せて、ふう~と深呼吸して、軌道修正する「間」が上手に取れるように思います。世の中は自分中心に世界は動いていませんので、「怒り」が噴き出すピンチはいっぱいあります。それを「間」でチャンスに変えましょう。

 

 「間」で相手と自分は違うと考えること、相手の領域に入り込まず自分の領域で考えること、自分は何を大事にしたいかを考えること、そして、自分の想いを感情的な「怒り」でなく冷静に伝えることです。怒りが強いほど、その人を愛しているのですから。

 

 他人と過去は変えることはできません。でも自分は変えることができます。自分が変わると相手が変わる可能性が期待できます。「変えようとせず、わかろうとする」・・・2014年が幸多き年になりますように・・・2014年も「愛と感謝と希望」をお届けします。

「付き合いにくい隣人」

2013.11.23

20131101-01299.jpg

心というのは自分自身ではなく、「付き合いにくい隣人」のような存在です。なるほど!わかるわかる!!納得のメッセージです。これは、精神科医 名越康文さんの言葉です。

 

このようにも書かれています。「実際問題、僕らが仕事やプライベートの中で悩んだり困ったりしていることの大半は、実は人間関係にかかわることです。対人関係の問題を解決 するには、結局のところ“自分の心”に向き合うしかない」というものです。これは、一見常識的なようで、実際あまり省みられていない方法論です。“根本的なところで“自分自 身の心が抱えている問題を解決しないかぎり、長い目でみると対人関係の問題を解決することはできない”と考えています。これも、深く気づかせてくれるメッセージですね。

 

皆さんも「こんな人がいて困る」とか、「あの人にこんなことを言われた」というふうに、他人の言動にとらわれてしまうことがありますでしょう。

  私も最近ありました。半月ほど前の話です。姪と同居している私の母から電話があり「今日はいいとマーちゃん(私の姪の愛称)が言っているよ。マーちゃんはママと して頑張るから、おばちゃんに安心してねと伝えてほしいと・・・」と急な訪問拒否、陽菜ちゃんと遊ぶ時間を過ごしたいと思っていた私へのお断りの内容でした。大切な時間を奪われたような凄いショックを感じました。

  楽しみにしている陽菜ちゃん(姪の娘6か月)との時間が亡くなって行く・・・私の心が波打ちました。3か月の頃から、仕事に影響のない時間にお守に行き、陽菜ちゃんとの絆も深くなっています。

 落ち着いて考えてみると、陽菜ちゃんとの時間は神様からのプレゼントのような時間でした。どこにも所属しないで、馬車馬のごとく走り続けた日々しか経験がない私にとっては、穏やかで、幸せな時間でした。

動揺を鎮めるために、2年前から習っているヨガのポーズをとりながら、自分自身の心のことを考えました。背筋を伸ばし、呼吸を整え、目をつぶって、希望の光を失ったような、ショックを受けている自分の心を観察したのです。

  心が波打ったのは、日常的になっていた人間関係が崩れることのショックでした。相手のある人間関係には、別れも潜んでいます。ある種の“予定調和”が崩れる恐怖でした。人生も生活も「変化する」のですから、当然心も変化には変化が必要です。

 私の心を考えました。陽菜ちゃんとの時間をとても愛しているのだなと分かりました。姪を手伝う存在から、陽菜ちゃんと遊びたい願望を叶えてくれるように変換して、姪にお願いしてみることにしました。

  「今月は、この日とこの日の夕方が空いているんだけれど、遊びに行ってもいいかな?」とメモを姪に差し出しました。「いいよ、お願いします」と笑顔で応える姪と話していて、姪とも人間関係の絆の深まっていることを嬉しく思いました。

  私は土日は陽菜ちゃんのパパもいるので、家族団らんを考え、土日は行きませんが、「おばちゃん、明日の土曜日、主人と買い物に行 きたいんだけど3時間位、陽菜をみてもらえないかな」姪の電話を受けました。「いいよ、安心して任せて」と地獄から天国に来たような私でした。

 心の速度は光の十七倍あるそうですよ。どうしても自分本位に加速する心を上手に軌道修正できました。あのお断りが、忙しく仕事をしている私への配慮であり、思いやりでもあると思いました。

  一番付き合いにくいのは自分の心と思い知りました。自分の心を見つめて、上手に自分の心の軌道修正をして、自分の心が赤く、熱く燃える状態にしたいと思います。

人を育むもの「ストロークとは」

2013.10.17

  keikei-06599.jpgdsc_013899.jpg

 

 

私たちの中に、自分や他人に対する肯定感や信頼感、人間存在を本当に大切と思う気持ちが何をきっかけに生まれるのでしょうか。また、どんな時に、意欲や積極性、人間関係 を促進させようとするエネルギーが湧いてくるのでしょうか。

 

TATransactional Analysis)」という心理学では、それは「ストロークによって生まれるのだ」と言われています。ストローク(Stroke)という英語の意味は、『なでる、さす る、愛撫する』などの意味ですが、TAでは、『相手(あるいは自分)の存在や価値、あるいはその行動を“認めている”ということを伝える何らかの行動や働きかけ』と定義され ています。

 

さて、私には6月に生まれた姪の赤ちゃんと過ごす定期的な時間があります。今は4月ですが、抱く、あやす、寝かしつけることで「ストローク」を実感しています。この肌 からのふれあいのストロークは、神経系統への適切な刺激となって、脳を中心として身体全体の神経系を刺激し、その機能の発達を促進させるのですが、今まで勉強してきた「解 かる」世界でなく「心の世界」感じています。

 

赤ちゃんとの信頼関係が出来上がっていくのも実感しています。1か月から3か月までの「ストローク」が、4か月になると成果として表れてきたのを実感します。赤ちゃんの成長 に「人見知り」がありますが、これは赤ちゃんに信頼されているかどうかの見極めにもなります。赤ちゃんは、自分の思うとおりに動いてくれる人を識別します。動いてくれないと判断すると大泣きします。この頃の赤ちゃんに与えられたコミュニケーションは泣くことだけですね。最近は、笑うことで快感を伝えてくれます。

 

TAの開発者エリック・バーン博士は、『幼児には充分にストロークを与える必要がある。ストロークが不足すると、その子の脊髄の神経細胞は萎縮し、肉体的にも、情緒的・精神 的にも、成長や発達が遅れる』と言っています。

 

人間には、生まれた時から“肉体的なふれあいから得られる刺戟への欲求”があるのです。これがまず安定の土台となります。この欲求が人生の初期に充分満たされると、理屈 ではなく、本当に自他に対する基本的な信頼と肯定が築かれます。しかし、この欲求が満たされないと、不信や疑い、必要以上の警戒、人に任されないなどといったものが身につき、それが人間関係を壊すもとになります。

 

赤ちゃんが成長するにつれて、世界は広がります。言葉や手を使い、考えたり、工夫をすることにワクワクするようになり、わからないことを知りたいと思うようになります。そして、自分の経験を見てほしい、聞いてほしい、応えてほしいという欲求が生まれてくるのです。そうなると“肉体的なふれあい欲求”は、言葉と笑顔などによる『あなたの存在、あなたの行為をちゃんと認めていますよ』という心理的な刺激(心理的ストロークを受けて満足できるように変化していきます。

 

言葉による賞賛や、きちっと向かい合って聴いてくれること、笑顔や優しい眼差しでうなずいてくれること、要するに、まじめに扱ってくれることで、自分の価値や存在や行為 を認めてもらえていると感じられるようになり、それを求めるようになるのです。これが得られないと、心の奥底に大きなダメージをもたらされます。

 

「ストローク」は、プロテインやビタミンのようなもので、人間の心に必須の栄養素と言えるでしょう。私たち人間が、健康であるために絶対に必要不可欠なものです。

 

 仕事の合間に時間を見つけて3時間位、姪も私を信頼してくれていて、その時間は赤ちゃんと私との二人きりの時間です。私はおじいちゃん、おばあちゃん子ですので、特に祖 父母に受けたストロークを思い出し、人生で苦しい、辛い悲しい時を乗り越えられるのは、このストロークだったと改めて心から祖父母が恋しくなり、そんな愛をもらえたことがた まらなく嬉しくなります。そして「貴女なら難関を突破されると信じています」という初恋の人からの応援メッセージも私の人生の応援歌となっているのです。

 

(ヒューマンスキル開発センター「自己成長への旅立ち」を参考にしました)

 

 

「人は恐れるものを招きよせる」

2013.08.22

image2.jpg

残暑お見舞い申し上げます。皆さま、お元気でお過ごしでしょうか?2013年の前期も終わり、私の夏休みを楽しんでいます。前期は本当に忙しく、色々なステージで活かして頂ける幸せに感謝して、少しでも参考になる講座、授業、講演を務めていました。

 

後期は、ゆったりと仕事をします。皆さまに勇気、元気をお届けしたいです!

 

今朝、加藤諦三氏の心理学の本を読んでいると、今回のタイトル「人は恐れるものを招きよせる」に、『赤面する人は、赤面しそうになっているかどうかに自分の意識を集中して、自分を観察する』と書かれていました。

 

実は、私は幼い頃、赤面症でした。人前に出ると、顔が赤くなり、心臓がパクパクして、右往左往する、そんな自分が大嫌いでした。何より、「お気の毒に・・・」というメッセージが言われていないのに届き、逃げ出したい恐怖心に苛まれていました。人前に出ると、赤面するかどうかに集中していました。その恐れにのみ集中していました。

 

加藤先生は、「しかしなぜ赤面することにそんなに恐れるのか。それは赤面することと自分の価値を結びつけているからであろう。赤面すると自分の価値がなくなると感じるから、人前で赤面しやしないかと不安になるのであろう」と書かれています。

 

心が不安な人は、人の言葉に影響されます。人の評価が気になるのです。人から評価されることによってしか自分の価値を感じることができなくなっていきます。

 

ということは、自分のターニングポイントになるような経験して、自分の価値をしっかり見出すと、人の評価が気にならなくなるということですね。私は、10代は赤面症でしたが、20代から人前で赤くなることはなくなりました。色々な要因があったと思いますが、フライトアテンダントになりたいという「夢」「ロマン」が、私を変えました。

 

20歳の同志社大学生であり、夜は夢を叶えるための準備、大阪の天満橋にあったビジネススクールに通っていました。同じ夢を持った同志に出会い、私の心は変革していきました。その学校で一番影響を受けたのは、私の憧れの講師、「ハンサムウーマン」の魅力でした。大好きな中谷先生から「自立」「自律」を教えてもらいました。「連ならない環境を大事にしなさい」と言われ、独りで歩く時間がだんだん増えて行きました。

 

独りで行動すると、右に行くか、左か・・・歩くことそのものが自己選択で、自己責任が伴います。「あ~遠回りだった・・・」

 

自分と仲よくすることで、自分の領域を実感し、人との「間」のセンスが磨かれ、人を客観的に見られるようになりました。体面を気にし過ぎない、軽蔑されまいと虚勢を張ったりしない、防衛的にならない自分になれたように思います。心理的な成長ができる自分になれたような気がします。

 

素直に自分と対峙する人生の重要性に気づき、日々進化してきたように思います。人前で赤くならない私、何か大きなものをつかんだから、フライトアテンダントという「夢」を実現できました。私の人生の新たなスタートになりました。

 

「恐れるものを招きよせる」という私からの脱却でした。

 

 

2つの島の物語

2013.06.15

dsc_00369.jpg 今回は、2つの島の物語(渡辺奈都子著「人間関係をしなやかにするたったひとつのルール」より)をご紹介します。私は、この本を読んで、私の頭の中がすっきりしています。私たちは、自分の領域、相手の領域の認識が薄く、自分の問題、課題を後回しにして、相手の領域に入って相手の問題を解決しようと必死になっている人が多くいます。

理想を持ち、現実を見つめ、自分の人生の課題に真摯に立ち向かう日々を生きていこうと思います。相手を大事にして、色々な人の生き方を参考にしながら、自分の人生に活かしていく、そんなケジメのある人生にしていきたいです。今後ともよろしくお願いいたします。今日も楽しい一日をお過ごしください。

2つの島の物語(渡辺奈都子著「人間関係をしなやかにするたったひとつのルール」より)

あなたが誰かと向き合うとき、そこには、ある心理学による考え方が使われていることに気づいていますか?人間関係の背後には、立場の異なる2つの心理学が働いています。ひとつは「選択理論心理学」もうひとつは「外的コントロール」と呼ばれるものです。

あなたがどちらの心理学の考え方を選択するかによって、コミュニケーションの方法も、他者との距離感も変わってきます。さらには、あなたの人生におけるストレスの増え方や
幸せの捉え方にも、どちらの心理を使っているかが、強く影響しています。

昔むかし、そして現在もなお、あるところにとても大きな島がありました。ここに住んでいる人はみんな、がんばって働いて、遊んで、恋をして、楽しく暮らしたいと願っていました。でもなぜか、あちらこちらで誰かが大声で怒鳴ったり、泣いたり、落ち込んだりしている光景が目につきます。

ある日曜日、一組のカップルのデートの最中、残業続きの彼が疲れた顔で、「ふ~っ」とため息をつきました。気づいた彼女が彼に言い放った一言は、
「疲れているなら、無理に来なければよかったじゃない!」
そう言って、今度は彼女が、これ見よがしに彼により大きなため息をつきました。
「なんだよ、せっかく出かけてきたのに、
そっちが呼び出しておいてそんな言い方あるかよ!」
「どうしても来てなんて言っていないでしょ!友達と出かけた方がよかったわ」
「じゃあ、そうすればいいじゃないか!」
「そうするわよ!」

そのすぐそばでは、、プレスのきいたスーツの男性が携帯電話越しに自分の部下に仕事の指示をしています。
「なにやってんだよ!」
どうやら自分の思っているように部下が働いてくれなかった様子です。
「俺はちゃんと指示したよな!お前も分かりましたって言ったよな!」
「どうしてそんなこともできないんだ!」
「どうしてあのときに言わなかったんだ!」
「どうしてもっと自分で考えて働けないんだよ!」
「どうして!「どうして!」・・・・・・・・

駅のホームでは小学校の男の子を連れたおしゃれなママが、何やら怒鳴っています。
「どうしてそんなにちょろちょろするの!何度言ったら分かるの!」
「・・・・・ごめんなさい」
「危ないって言っているでしょ!」
「・・・・・ごめんなさい」
「そんなに言うこと聞けないんだったら、もう連れてこないからね!」
「・・・・・うぇーん」

この島の人々は、それぞれ一生懸命生きていましたが、自分の期待通りに人が動かなかったり、願っていたように事が進まないと、相手を批判したり、文句を言ったり、責めたり、
脅したり、ガミガミ言ったりして過ごしていました。

人々はこの島を「外的コントロール島」と呼んでいました。

そこからそれほど遠くないところに、もうひとつ別の島がありました。こちらの島でも、みんながんばって働いて、遊んで、恋をして、楽しく暮らしたいと願っていました。そして同じように、ときには思いがけないトラブルも発生していました。

ある日曜日、同じようにデートの約束にやってきた残業続きの彼。疲れを隠せずに、「ふ~っ」とため息を漏らしました。そんな彼を見て彼女は、
「疲れているのに呼び出してごめんね。あんまり混んでいないところに行こうか」
「大丈夫だよ。ちょっと寝不足だったから。見たい映画あるんだろう?」
「うん、でも映画館行ったら、あなた寝ちゃうじゃない?」
「そうかもな。そしたら後で筋書き教えてくれよ。イビキはかかないようにするからさ」

そのそばには、やはりパリッとしたスーツに身を包み、携帯電話越しに自分の部下で仕事の指示をしている男性がいます。
「もう一回、説明してくれるか?」
部下の報告にうなずきながら耳を傾けている様子。
「大変だったな。しんどかっただろ?」
「今からどれくらい取り戻せるか分からないけど、私の方でも動いてみるよ」
「それで休みなのに悪いけれど、今から取りかかってくれるか・・・」
「そうか、頼んだぞ。また報告待っているからな」

駅のホームでは、こちらも元気のよい小学生の男の子とママが話しています。
「ケンちゃん、ここは人が一杯だから、お母さんと手をつないでいられる?」
「うん、いいよ」
「もうすぐ電車が来るでしょう。ここでかけっこしたらどうなっちゃう?」
「危ないよね」
「そうだね。お母さん、ケンちゃんが怪我すると悲しいから、
ホームでは走らない約束できる?」
「分かった」

この島では、何か問題が生じたり、自分の期待と違うことが起こったとき、人々は、相手の話に耳を傾け、思いやりを示し、違いを話し合い、協力しながら過ごしていました。

人はこの島を「選択論理アイランド」と呼んでいました。

人間関係のあり方を決める“たったひとつの違い”とは?

ある専門家が、この2つの島の違いに興味を持って、住んでいる人たちにどんな特徴があるのかを調べてみました。2つの島の人たちを比べて分かったことは、職業や収入、地位、家柄、学歴には、ほとんど差がないということでした。

しかし、ひとつだけ大きな違いがあったのです。それは、それぞれの島の人たちが「信じていること」が異なっていた、ということです。

外的コントロール島の人は「私は、相手をコントロールすることができる」と信じています。それに対して、選択理論アイランドの人は「私は、自分だけをコントロールすることがで
きる」と信じていたのでした。

「外的コントロール心理学」は「人を期待通りにコントロールしようとする考え方」です。何か嫌な感じがするかもしれませんが、私の多くはこの〈外的コントロール〉の考え方を
知らず知らずのうちに身につけています。

「勉強しない子どもに、どう言ったらやらせることができるのか?」
「部下にもっとやる気を出させるにはどんな言い方が効果的か?」
「夫(妻)に○○を分からせるのはどうすればいいか?」

私たちは、何かにつけて「相手が自分の都合の良いように変わってくれないか」「どうすれば変えられるか(コントロールできるか)」ということを考えてしまうのです。しかし、この考え方を採用していると、ある問題が起こります。

おそらくあなたも「何か嫌だな・・・・・」と感じられたように、私たちは自分のことを変えよう、思い通りにコントロールしようと近づいてくる人とは、仲よくすることができません。私たちは少ならず、「自分のことは自分が決めたい」「他者から強制、管理されたくない」と思っています。ですから、外的コントロールの考え方を土台にして相手に近づくと、その人は遠ざかったり、逃げ出したり、あるいは「コントロールされないぞ!」と強く抵抗したりします。

外的コントロール心理学のもとでは、人間関係が悪化したり、ひどい場合は関係が断絶する可能性が非常に高いのです。変えられるのは自分だけ!「選択理論」

続けていいのか・・・続けるに値する人間関係

2013.05.04

kei53-0117.jpg

他人に終始引っ掛かりのある怒りを感じていながらも維持している関係は、最終的に上手くいきません。自分がその怒りの原因に気づき、取り去らないかぎり、どんな関係も上手 くいくはずはありません。このような関係を続けていると、自分がだんだんあいまいで不安な気持ちになり、自分に大きな影響が出てきます。

「相手があなたのことをまじめに扱ってくれていますか?」

人間関係のスタートは、お互いに相手のことに興味を持ち、相手のことが好きで、楽しい時間を過ごせます。その関係が続くと思い出がいっぱいあるので、自分の中に「?」を感 じても、自分が認めたくない気持ちが存在します。そして、「?」を抱き続けます。

冷静に現状を見つめると、相手は自分にとって重要なことを軽視していることに気づきます。「自分はひどい扱いを受けているのではないか・・・」と感じます。だから不安になり ます。そして、ひどい扱いを受けていることを相手に言えず、黙っています。すると不安は倍増し」ます。

「待ち合わせは、いつもジャストオンタイム、私より早く来たことがないな~私がいつも少し余裕を持って来ていることに気づかないのかな?その日を楽しみにしていたら、少し は早く来たくなるのに・・・わくわくした気持ちで待ち合わせ場所に来ていることをこの人はどう思っているのかしら?」

今日もぎりぎりにならないと来ない相手に「今日もぎりぎりだったけど、時々は早く来ようと思わないの?」と言いたいけれど、黙っていると、軽視されている悲しさで、だんだ ん不愉快になります。「何か考えがあるのかな」と許すのですが、結局楽しい時間は過ごせません。「愛」と自分の心につぶやいてもだめです。

私は、先輩などは勿論ですが、約束時間より少し早めに行きます。私より相手が早く来られていれば、時間に遅れてはいないけれど「ごめんなさい!」「申し訳ございません」と謝 って、次回にその人と会う約束をしたら、「もう少し早く来よう!」と心に決めます。

数年前のことです。娘のような年齢の人と待ち合わせをしました。それも仕事が絡んでいるのですから、当然敬意で、少し早く来て待つ位の心意気を期待していました。約束の時 間にメールが届きました。「申し訳ありません。今、京都駅です。あと10分位で着きますので、待っていて下さい」

自分の感情を相手が拒絶しているのにそれに任せていると、その度に怒りが膨らみます。

しかし、自分を拒絶しているのは自分自身です。自分で自分を否定するのをやめることです。思い切って言ってみましょう。自分にとって重要と感じられるのは、“自分”にとって 重要だからです。

次の選択をしてください。自分の不安の領域を、相手のそれと一致させるために、自分の行動の一部を変えるか、「ノー」と言うべきです。

「京都駅に隣接している百貨店の化粧品売り場にいますね。見つからなければお電話ください」とメールを返信しました。

「ノー」が言えないということは、自分の生き方を見くびることです。見くびるということは、攻撃されればひたすら押し黙ってしまうような行動をすることです。自分を見くび りながら、お互いが成長できる、充実感の高いいい関係は続きません。